闇の中
夜の京王線に乗っている。
周りに家と山しかなく、ほとんど暗闇とも言える場所を、静かに電車が裂くように走って行く。
千と千尋の神隠しの「いのちの名前」がシャッフルで耳に流れ込んできた。
何もない広い広い青い海の下に、線路がどこまでも真っ直ぐ延びている。
他の乗客は皆知らない人だ。いや、人かどうかもわからない。電車が駅につくたび、乗客がまた1人、減ってゆく。自分たちはまだ乗ったまま。
ずっとほとんど変わらない同じ景色を、電車が裂くように走って行く。青い青い海の上。
その光景が頭に浮かんだ。
あのとき、千尋が感じていたであろう気持ちが瞬間的に頭の中で響く。
あのときの千尋は…すごく孤独だったんだろうな。
夜の電車に乗っているとなぜか不安になる。ほとんど同じ景色だから。もうこのままどこか知らないところまで行ってしまうんじゃないかと思う。
そんなことはないのだけれど。
どこかに行ってそのままいなくなりたいと思うことがある。遠い知らない場所に行って事実上の行方不明になりたいと思うことがある。
明日は仕事だ。わたしが行かなかったら、電話がかかって来るだろう。「今、どこにいるの?」と言われるだろう。
この言葉を現実世界で言われる回数よりも、言いたくなる回数のほうがきっと多いなと思う。
もう会えない人たちを思い出す。ひとりでいるとき、彼らを思い出してはその言葉を投げかけたくなる。たぶんもう本人たちには絶対に届かないけれど。
ねぇ今、どこにいるの?
夜の電車は、「もしかしたらこのまま遠いところに行って、いなくなれるんじゃないか」と、そんな淡い淡い期待を少しだけ待たせてくれる。ほんの少しわくわくする。不安だけど、不安も一緒に連れて遠いところに何の気なしに行ってみたくなる夜がある。
それが今日かもしれない。
近くにいても、会えない人にはもう会えないから、もういっそ、わたしがどこか遠くに行きたい。思い出せないくらいどこか遠いところに行ってみたい。
弱い人間ですね。ごめんなさい。